そばの豆知識

早刈りそばについて

早刈りそば なぜ美味

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▲ 半分緑色の実が混じった黒化率48%の刈り取り
  直後の早刈りソバ。

多いポリフェノール 高い抗酸化機能

通常より2週間ほど早く刈り取りしたソバ(早刈りソバ)は、「風味、食味が良い」とされています。
その理由を明らかにしようと福井県農業試験場と福井県食品加工研究所は、福井県産ソバの収穫時期と風味との関係性を調べています。 これまでに、早刈りソバにポリフェノールが多く含まれ、抗酸化機能が高いことが分かりました。
県産ソバは11月上旬、黒く熟した状態(黒化率90%以上)で収穫するのが一般的ですが、最近、製粉業者や消費者から「風味が良い」として、黒化率が低い早刈りソバを求める傾向が強くなっています。 このため、昨年から3ヵ年事業として調査に着手しました。
昨年の調査では、黒化率が48%(10/28収穫)、76%(同11/5収穫)、97%(同11/9)の3種類をそば粉にして分析。 黒化率48%は97%とと比べ、コレステロールの抑制作用があるとされるポリフェノールが1,2倍、血管増強や血圧降下作用を持つルチンは2倍含まれていました。

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▲ 半分緑色の実が混じった黒化率48%の刈り取り直後の早刈りソバ。

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普及へコンバイン改良も

同調査とあわせ、市場価値の高い早刈りソバの普及を目指しコンバインの改良も進めています。「早刈りソバには葉がついていて水分も多く、コンバインが目詰まりを起こし故障しやすくなる」(同農試の作物研究グループ主任:談)
同農試などは、早刈りソバが普及すれば収穫時期分散によるコンバインの有効活用、積雪被害の回避なども見込めると期待を寄せています。(2005年11月2日 : 福井新聞より紹介)

目詰まりを起こしていないか、改良したコンバイン内部をチェックする関係者

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▲ 目詰まりを起こしていないか、改良したコンバイン内部をチェックする関係者

そば生産「知恵」競う

優良事例発表会大野のグループ最優秀

福井県内ソバ生産農家らが取り組みを競う「福井そば優良事例発表会・表彰式」は七日、県産業会館で開かれ、大野市小山の生産者グループ『アグリスター6』が優秀賞に選ばれた。高品質で安定的な生産を目指して、県が「第十一回 日本そば博覧会」に合わせて初めて企画。市町村を通じて出場者を募り、個人二人、五人グループが発表した。県蓄産課の小林雄治参事を委員長に七人で審査した。
最優秀の知事賞の『アグリスター6』は五人で組織。グループの代理人として大野市農政課主査の松田智幸さんが、倒伏対策として肥料の量を控えていることや、作業の効率化を目指して機械化を進めていることを報告した。優秀の福井そばルネッサンス推進実行委員会長賞には、ミツバチを利用してソバの結実率を高めていることを発表した丸岡町末政の中瀬輝雄さんが選ばれた。

期待に応え手抜きなし

そばへのこだわり

「今庄は、今庄の在来種を作ります」。かつて県が大野の在来種などをソバの推奨品種に定めた際、旧今庄町(現南越前町)の人たちは、きっぱり断ったという。今庄の人たちは「おいしいそばができる条件を満たした風土に根ざす、地元の在来種が一番うまい」という、確固たるプライドを持っている。
南越前町今庄地区で一、二を争う作付け面積のある井上重治さんは、約二十年前にソバの栽培を始めた。旧今庄町がそば道場などの施設を建設し、そばを地域づくりの目玉に据えた時、住民に「そばは地元産で」との機運が高まり、旧町内でのソバ栽培が本格化した時期だ。井上さんは南今庄、上新道一帯の転作を一手に引き受け、毎年五ヘクタール前後でソバを栽培。さまざまな耕作機械を導入し、ソバに適した水はけの良い農地作りに心血を注いできた。「ここまでやっている所はほかにない」と自負する。
北陸トンネル開通前は駅の立ち食いそばで知られた「今庄そば」。町や地元JAの先駆的な取り組みが奏功し、井上さんらが作る今庄在来種のほとんどが今庄地区で消費される。地元産のそばによる今庄そばの地位はすっかり確立し、「地元では皆、今庄そばが香りも味も一番と言ってくれる」とほほ笑む。しかし、県内のソバは台風や雨の影響で不作が続いている。気候が大きく影響するソバ栽培だが、井上さんは「ちょっとした手間も惜しまず、手抜きは一切しない」と、地元の期待を裏切らないそば作りへの誇りを語る。
県内トップの作付面積を誇る大野市で栽培されるのは「大野在来種」。同市小山地区の転作受託栽培グループ「アグリスター6」は、県農業試験場の指導を受けながら、県玄そば振興協議会からの委託で、より早い段階で収穫する「早刈り」を実施。新技術の導入で、在来種の付加価値を高める可能性を追求している。その味は「今までのそばとは別物。見かけは茶そばのように緑がかって風味もよく、本当に食べてうまい」(斉藤代表)。従来はソバの実が60~70%程度まで黒く熟した段階で収穫していたのに対し、同グループでは約40%の段階で収穫。玄そばには緑や白い実が多く混じり無機成分やポリフェノール、クロロフィルなどなどが多く残っている事が風味の向上に大きく影響するという。

未熟な状態で収穫する分、収穫量は少ない。葉の付いたソバを刈り取るため、コンバインも専用のものを用いる。同グループでは、そのコンバインを新たに一台導入。
現在、同協議会が通常の約二割増しの価格で買い取っているが、斉藤さんは「付加価値の高い商品として、早刈りそばのブランド化を進めてほしい」と期待を寄せる。

年越しそばの由来

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年越しそばには庶民の願いが込められている・・・

そば好きな人の中には「365日、お昼は蕎麦しか食べません!」なんていう人もいますが、そばにそれほど執着していない人もアレルギーではない限り【年越しそば】は食べるでしょう。
日本全国民が1年の締めくくりとして食べる【年越しそば】。 これにはどんなゴロ合わせやシャレがみられるのでしょうか。まず、そばは細くて長い。
その姿に家運や寿命を長く延ばしたいという願いを結びつけたようです。
また、そばはうどんなどに比べて切れやすいので、1年間の嫌なことや借金を1年の終わりにキレイさっぱり切ってしまおうという意味合いもあります。
そばの実の形でもある三角形が、邪気を払う力があると信じられていたり、そばが五臓六腑を清める食べ物と考えられていたことなどもあって、そばを食べて身体の内の汚れも外の汚れもキレイに落として新しい年を迎えようとしたのです。 さらに、細工師たちが金箔を薄く延ばしていくときに台をそば粉で拭いたり、飛び散った金箔を集める時にそば粉を丸めたものを使ったりしたので、そばは金を増やしたり集めたりする と考えるようになりました。
ほかにも、室町時代の億万長者や増淵民部が大晦日に「そばがき」を食べたのが広く世間にも広まったという説や、鎌倉時代、聖一国師が貧しい町民たちにそば餅をふるまったところ、翌年には運が向いてきたので、それ以来運を求めて食べるようになったとする説、また三角形を夫婦と子供の関係にたとえたことから、家内円満を願ったとする説などもあります。
いずれにしても、庶民のささやかな願い(それにしてはちょっと欲張りすぎかも・・・)と遊び心から生まれた習慣です。 それだけ、そばが庶民の生活に根をおろしていたということでしょう。

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おろしそばのルーツ

越前そば~江戸初期 庶民に定着~

カニやウニと並んで福井の特産として知られるようになった「越前そば」。
昭和22年に昭和天皇が北陸を視察したときに武生で【おろしそば】を食べられ、
その後、「あの越前のそば・・・」と口にしたところから【越前そば】と命名されたという。
「慶長六年(1601年)、本多富正が伏見から府中(現在の武生市)城主に国替えした時、
金子権左ヱ門というそば師を連れてきて、そばの栽培を奨励させ非常食として、現在のように麺(めん)状に茹で大根おろしを添えて食べたといわれています」
これは、組合が発行した[ 福井県麺業史 ]にも出てくるおろしそばのルーツですが、今のところ真偽のほどは分かっていない。
縄文後期には日本に入っていたそばは長い間、”そば米”やそば粉をお湯で溶いた”そばがき”として食べられてきました。 今のように麺にした【そば切り】は江戸初期に一
般的に広まったといわれ、「庶民に人望の厚かった富正の手柄にしたのでは」という人もいる。
これまで、そば切りに関する所見は慶長十九年(1614年)に書かれた[ 慈性日記 ]とされてきたが,、昨年、長野県の寺にある天正二年(1574年)の文書から「振舞
ソハキリ」という文字が発見された。
そば切りの歴史が約40年さかのぼることが出来たことで、元亀三年(1572年)生まれの富正が府中に来る前にそば切りを食べていた可能性も出てきたことになる。
そば師 権左ヱ門が実在したかどうかはハッキリしませんが、富正は結城秀康に仕え関東の結城家にいたことがあります。ソバの産地、北関東出身の家来も多く抱えており、
戦国の影響が色濃く残っていた当時、凶作にも強く、調理法も簡単な【おろしそば】を越前に定着させた可能性はむしろ高いのではないだろうか。